三俣山荘事務所

お問い合わせ 宿泊予約
  • 北アルプス 黒部源流  
  • HOME  
  • >  特集  
  • >  黒部源流の歴史

この度、多くの方のご尽力により「定本 黒部の山賊」(最新版 黒部の山賊)が山と渓谷社より出版される運びとなりました。

諸職業にはそれぞれの誇るべき歴史・伝統・文化が存在しています。
まだ100年ほどの北アルプスの近代山小屋文化とは、いったいどのような物なのでしょうか。

やはり、それぞれの山小屋の初代が思い描いた夢、冒険心、また自らの心を射止めた風景をなるべく多くの人に紹介していきたいという開放的な精神が色濃く反映されているように思えます。
私共の三俣山荘初代伊藤正一もまた、小学5年生の時に燕岳に登り、始めて見た裏銀座に「いつかあそこに行ってみたい」と強く感じたそうです。その後航空設計を目指すものの、戦争で挫折、その穴を埋めるかのように黒部源流に深く入り込み、70年連れ添う事となりました。
ここでは、そんな歴史の一部をざっと紹介します。

1928 「黒部渓谷」冠松次郎氏出版 1930 「山と渓谷」創刊 1936 「単独行」加藤文太郎 1940  第2次世界大戦開戦 1945  三俣蓮華小屋の経営権を買取る 1946  水晶小屋の経営権を買い取る・伊藤新道のルート選定を開始 1947  初めて雲ノ平を偵察後、現在の庭園名を命名 1948  戦前より残っていた水晶小屋の残材で、三俣蓮華小屋を改築 1948  戦前より残っていた水晶小屋の残材で、三俣蓮華小屋を改築 1952  伊藤正一、穂刈三寿雄氏、赤沼千尋氏、中村義親氏中心に北アルプス初の山小屋組合を創設 1952  槍沢小屋、大学山岳部の失火により全焼 1953  伊藤新道の作道を開始 | セスナ機による物資輸送実験(北アルプス初) 1953  三俣蓮華小屋 | 伊藤正一 祖母岳にて | 収容しきれない登山者を泊めた60人用テント 1953  倉繁勝太郎没 (黒部の山賊参照) 1954  諸事情によりセスナ機による物資輸送を中止 1954  高度経済成長~1973 1955  三俣蓮華小屋 1956  伊藤新道開通、三俣・雲ノ平建設用木材を運搬開始 | 登山ブーム(日本登山隊マナスル初登頂) 1957 「氷壁」井上靖氏出版|三俣蓮華小屋 1958  湯俣山荘を建築、同年完成|アルプ創刊 1959  高瀬ダム着工|三俣蓮華小屋、無線電話開局 1959  取り壊し直前の三俣蓮華小屋 1959  伊藤新道、5本の吊り橋完成 1959  水晶小屋の建設を開始したものの、建設中に伊勢湾台風で全壊 1960  伊藤正一、日本勤労者山岳会を創設 1961  三俣山荘・雲ノ平山荘の建設を開始 1961  完成直後の三俣山荘 1961  建築中の雲ノ平山荘 1962  水晶小屋の再建を図るものの、再び台風で全壊 1963 ヘリコプター物資輸送を開始(北アルプス初) 1964  黒部の山賊 出版 | 三俣診療所開設 1968 遠山富士弥没 黒部の山賊参照 1973  伊藤新道、度重なる崩壊によって、一般道としては通行止め 1974 遠山林平没 黒部の山賊参照 1977  三俣山荘、展望食堂完成 1986 バブル経済 1989 山小屋地代裁判開始 1994 第2次登山ブーム(NHK日本百名山放映開始) 1996 鬼窪善一朗没 2003 山小屋地代裁判終了 2007 水晶小屋、新築 2009 第3次登山ブーム 2010 雲ノ平 新築
関連記事
2014年総括 登山医療レクチャー・展望食堂 夜の部
三俣山荘夕食メニュー ジビエシチュー
夏山アルバイト募集のお知らせ
伊藤新道の歴史と現在
黒部源流 2013年総括 昨年の出来事
facebookシェア
twitterシェア
google+シェア

山小屋案内

  • 三俣山荘
  • 雲ノ平山荘
  • 水晶小屋
  • 湯俣山荘
宿泊予約 特集読み物