三俣山荘事務所

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山と人と街 プロジェクト 山と人と街 プロジェクト

中部山岳国立公園、北アルプスエリアは、日本屈指の山岳地帯であり、日本の誇るべき環境資源です。

 この豊濶な環境フィールドで、人々は登山をはじめとしたアウトドアアクティビティーをとおして、自然の摂理を学び、その奥行きを知り、そして社会生活においての疲労をいやしてきました。
 これらの営みは、熾烈を極める資本主義社会、インターネット上に偏りつつあるコミュニケーション、AIの台頭等によって、失われつつある本来の人間性、ひいては、社会の正常を保つために、絶対不可欠なものとして、ますますその重要性を増しています。

 さてこの北アルプスの巨大なフィールドを、だれが維持してきたのでしょうか。本来は国立公園法を管理している環境省ということになりますが、実はその大部分は山小屋が担ってきました。
 この維持管理の内容ですが、登山道整備、便所の建設・維持管理、遭難救助、標識の作成・設置、登山道案内と多岐にわたっています。
 本来国民全員で支えるべき広大な北アルプスの登山環境を弱小企業である山小屋の細腕が支えているのが現実です。

 コロナ禍、経済社会の変遷でますます窮地に立たされる山小屋主導の北アルプスの維持管理は限界を迎えています。山小屋として今できることを見つめなおし「山小屋の持続可能性」「北アルプスの環境保全」に焦点を絞り、国民全員が参加できる新たな枠組みを目指して「北アルプス 山と人と街」プロジェクトを立ち上げました。

北アルプス山と人と街」プロジェクト 北アルプス山と人と街」プロジェクト

伊藤新道の復活

 1956年伊藤正一によって黒部源流に下界から最短でアクセスできるルートとして開通しましたが、度重なる崩落で廃道となり、40年がたちます。
 現代においては、その特異な景観、火山・温泉、原生林等、北アルプスの最後の秘境と新たな側面が発見できるトレイルコースとしての復活を目指します。
 道のグレードは、沢歩き経験者、もしくはガイド付き以上とします。

  • ①最も危険な渡渉ポイント3か所に吊橋をかける。その他へつりポイント(沢沿いのトラバース)の桟道、はしご等の工作物の設置。(2022年1月現在、吊橋1本架橋済)
  • ②中間地点へ避難小屋を建設し、天候の急変で渡渉を待つ場合等に対応する。また、登山道整備の資材置き場としても活用する。
  • ③伊藤新道の歴史、地質、生態系などを紹介できるガイドの団体を作り、北アルプスにエコツーリズムをもたらす。
  • ④伊藤新道を維持・管理する団体、ファンクラブを作り、ローインパクトな登山道の在り方を検討しつつ、イベント、資金調達、登山道整備を行う。
  • ⑤原生的な自然をそのまま保全し楽しめるルートとして、工作物は最低限とし、ルートファインディング等、利用者が様々な発見ができる余地を残す。

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全アイテムがMADE IN JAPAN。売上の一部は伊藤新道再興プロジェクトに寄付されます。

湯俣山荘の再建、湯俣温泉エリアの再興

 伊藤新道の廃道を追うようにして休業に追い込まれた湯俣山荘ですが、新道の復活における整備の拠点として、山と街をつなぐ新しいスタイルを提案する山小屋としての再建を目指します。
 また湯俣温泉エリアは、秘湯、噴湯丘をはじめとして、北アルプス各エリアへの多様なるアプローチ、各アウトドアアクティビティーの入門としても多くのポテンシャルを持っています。大町市、晴嵐荘と共働して新たなアウトドアフィールドとして光を当てていきます。

  • ①登山者、沢歩きの客層だけでなく、キャンパー、観光客にも対応したスタイリッシュな宿泊施設として再建する。
  • ②伊藤新道のビジターセンターとして、周辺エリアのアクティビティーの案内ができる施設としての機能を持たせる。
  • ③後述の信濃大町、三俣山荘図書室発着の各種ツアー、ワークショップをアウトドアショップ、ギアメーカー、ガイド会社と共同で企画し、新しいアウトドアアクティビティーを学んだり、発見したりする場所として機能を持たせる。また、新しい客層を取り込む。
  • ④再生可能エネルギーだけでの運営とし、そのノウハウを利用者に公開して、オフグリッドの可能性、システムを体験できる場とする。また、再生可能エネルギーの実験施設として協賛企業をつのる。
  • ⑤信濃大町からの2次交通を充実させて、都市部からのアクセスを容易にする。
  • ⑥高瀬ダム堰堤から、管理道路末端まで大町市の企業と連携しe-bikeのレンタサイクルを検討し、これまで利用者に負担が大きかった登山口へのアプローチを容易にする

信濃大町に、山小屋の発信基地として、町から山の玄関口として、
ブックカフェ「三俣山荘図書室」をオープン

 伊藤新道を本プロジェクトの軸としてとらえた時に、そのゲートウェイである信濃大町の存在は、外せません。また、三俣山荘創業当時より、「黒部の山賊」に登場する猟師をはじめとして、大町の山人たちと多くの交流の歴史を積み重ねてきました。その信濃大町が北アルプスのゲートウェイとして廃れてから多くの月日が経ちます。しかし現在、その再興の可能性を見渡しますと、たぐいまれなる北アルプスの影観、槍ヶ岳まで含む巨大なフィールド、世界屈指のアウトドアタウン化も夢ではないポテンシャルを持っています。

 山と街を連携させた、アメリカのトレイルカルチャーをイメージするような新しいアクティビティーを北アルプスに持ち込み、同時に信濃大町の町興しを考えた時、我々はこの町に新しい拠点を作ることを思い立ちました。

  • ①ブックディレクター幅 允孝氏と練り上げた、「山と地球を考える図書室」の図書を軸に、登山者も、キャンパーも、これからアウトドアを始める人も、多様性をもってアクセスできる場所にする。
  • ②ウルトラライトハイキングギアをはじめとして、ハンモック、環境配慮型アウトドアウェアを展示、紹介し、ショップ、各メーカーの担当者の即売会、ワークショップ、購入者のフィードバックを通して、「北アルプスの新しい遊び方」また、「環境に対してローインパクトなアウトドアアクティビティー」の在り方を模索、提案していく
  • ③②の各ショップ、メーカーとコラボレーションして売り上げの一部を登山道整備にドネーションするなど、購入者が実質的に環境保全に参加できるシステムを構築する。
  • ④3Fカフェの照明エネルギーのすべてをソーラーパネルとバッテリーでまかない、廃材のブロックを利用して、ウッドストーブでカフェを運用する等、オフグリッド実験を通して利用者に見える化し、環境問題にアプローチする。
  • ⑤地産地消のフード、日本酒で、大町の魅力、長野県の魅力をアピールする。
  • ⑥図書室で提案する、新たなアウトドアアクティビティーの在り方を、湯俣で実験・実証するワークショップツアーを企画し、大町から湯俣、北アルプスへの動線を作り出す。
  • ⑦金萬映劇(別団体)の活動を通して、大町に人を呼び込み、またアウトドアとカルチャーの垣根を壊す。
  • ⑧山小屋スタッフの冬場の仕事として、年間雇用につなげていく。

大町を拠点とした北アルプスの周遊トレイルコースを作る。

 1、2、3の項目を踏まえたうえで、近年減少傾向にある、信濃大町からの登山者を取り戻し、北アルプスのエリア別の入山者数を平準化し山小屋の持続可能性を維持するために大町からの北アルプス周遊トレイルコースを作り出します。入下山時の大町の街歩きも含まれています。

① 大町―湯俣―伊藤新道―雲ノ平―裏銀座ルート―大町

 利用者は、湯俣・伊藤新道の冒険に始まり、鷲羽岳懐の豊かな生態系を楽しみつつ、黒部源流域の開拓の歴史、雲ノ平の不可思議な眺望、風情ある裏銀座の山小屋を味わいながら、様々な物語を楽しむことができる。まさに伊藤正一が構想した世界観。

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② 大町―湯俣―竹村新道―高天ヶ原―雲ノ平―伊藤新道―大町

 竹村新道は北アルプス屈指の急登で知られているが、県の保安林に指定されている五葉松林、他では見られない表銀座のパノラマが堪能できる。稜線に上がった後は、黒部源流の生態系に触れ、日本最奥の秘湯高天ヶ原につかり、伊藤新道を楽しみながらの下山、温泉三昧でもある。

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③ 大町―湯俣―伊藤新道―雲ノ平―薬師岳―平―扇沢―大町

 ウルトラライトハイキングの実験、トレイルランニング等に向くロングコース。佐々成正の峠越えや、遠山品衛門の黒部初越冬等歴史的。コース内容も色濃い。

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④ 大町―湯俣―宮田新道―槍ヶ岳―三俣―水晶―裏銀座―大町

 現在休業中の宮田新道ではあるが、槍ヶ岳につながる趣のある道だと聞いている。復活すれば、北アルプスの大町エリアをフルに使った奥行きのあるトレイルコースが出現する。ダイナミックな稜線が含まれているところも魅力的である。

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 とりあえず思いつくところで羅列してみましたが、その他にいくらでもバリエーションを組むことができます。これら北アルプスの大町エリアを中心にしたトレイルコースに言えることは総じて、その最奥部の生態系の奥行きを堪能できることでしょう。またこれらのトレイルコースの創出は、湯俣、伊藤新道の復活がネックになります。それには、大町市を上げた魅力のあるアウトドアタウン作り、そして入山口への二次交通の充実が必要条件となります。

山小屋が担ってきた登山道整備業務など公益的な事業を宿泊業務と切り離して、法人化する。

  • ①一般社団法人を立ち上げ、山小屋が担ってきた、登山道整備や公衆トイレの管理、診療所の運営など公益的な業務を、経済的にも業務的にも見える化する。
  • ②その運営コストは、本来出資すべき行政(利用者負担を含む)地方自治体の助成金と、個人やアウトドアメーカーからの寄付金や会費、団体の物販によって100%まかなうことを目指す。
  • ③この法人は、山小屋、ガイド、レンジャー、地方自治体、ボランティア、アウトドアメーカー等あらゆる人が参加できる仕組みとし、国民自身が国立公園の環境保全を担っている意識を形成する。
  • ④施工に関しては、近隣の小屋のみならず、山域内外の専門家の知見を得ながら、登山道整備の技術を確かなものにする。

まとめ

これらの構想は、大町エリアに限らず他の国立公園内の困窮したエリアにも転用ができる発想です。上記項目が実現に向かい、山小屋がより経済的に自立、より合理的なシステム化を図れば、同時に国立公園の環境、文化性は厚みを増し、自然と人の共生においてより意義深いものとなってゆくはずです。

人は古来、自然から知識を得て、生活を構築してきました。しかしいつからかそれが科学技術となり、暴走を始め、人と自然の距離が絶望的なまでに開いているのが現代社会です。登山=レジャー、スポーツといった方向で進んで来た趣が強いですが、今こそただ山へ向かうだけでなく「自然から持ち帰る物」が作り出す山と人と街の循環が必要なのではないでしょうか。

たとえば、「キャンプやビバークで得た暮らしの知恵を生活に活かす」や「山小屋のオフグリットシステムを実生活に取り入れる」、「登山道整備に参加して自然の摂理を知る」などです。科学や資本主義が悪いのではありません。持続可能な人と自然の共生を探るために「自然 の摂理に基づいたシステムづくり」「自然から発見したシステムをテクノロジーに帰結する」という次世代の仕組み作りが必要とされています。

プロジェクト立ち上げにあたってみなさまへのお願い。

  • 1.コロナ禍による損失によって続く、資金難の中立ち上げたプロジェクトです。度々クラウドファンディング等で資金援助をお願いするかと思いますが、よろしくお願いします。
  • 2.プロジェクト各項目の中で、参加できる項目が思い当たる方、もしくはスキルを活かしたい方などいらっしゃいましたらぜひ、ご連絡ください。
  • 3.自然エネルギーの運用実験をお考えの企業の方で、山小屋、避難小屋等を実験場にしたい等ご要望があればご連絡ください。最も過酷な環境での実験ができます。

あとがき

北アルプスの山小屋文化における、過去、現在、未来

〈これまでの北アルプスと山小屋〉

 北アルプスの大衆登山、山小屋の文化は、上高地、白馬や大町などを起点に、この約100年で形成されてきました。もちろんそれ以前にも宗教登山等、探検から始まった登山文化は存在しましたが、「山に遊びに行く」という文化はこの100年といっていいでしょう。

 その背景には二度の世界大戦、産業革命による働き方の変化、戦後の高度経済成長による社会のひずみ、PCや携帯電話による生活のバーチャル化など、加速する合理化、経済至上主義からの解放、反動的な人々の自然回帰への渇望がありました。

 山小屋黎明期の経営者たちの夢は大きく、ある者は家業を傾けるほどの投資をし、ある者は自分で木を切って製材をし、難所を担ぎ上げてその建築に臨みました。

 そのスピリットは「山で遊ぼう、そして学ぼう」であり、先述の「社会の中に、自然を求める人々」に対して山小屋が良き受け皿となり、多くの人と自然を結ぶ窓口になりました。

 これらの山小屋が、ごく自然派生的に確立して行った北アルプスのフィールドと、そこを通り過ぎていく登山者、文化人と共に「日本の登山の在り方」を作り出してきたといえます。山小屋の役割も登山者の増加にともない、周辺の登山道整備、インフラ整備、遭難救助等に及びます。

〈「山小屋」としてのビジネスモデルの限界〉

 自然と人の窓口として、また登山文化の基盤として、盤石に存在してきたように見える山小屋ですが、果たしてそうだったのでしょうか。実は、黎明期より山小屋のビジネスモデルは、その持続可能性において、決定的な欠陥と矛盾を抱えていました。

  • ①開設期間が短く、雇用の安定性に欠く
  • ②黎明期は歩荷、その後ヘリコプターによる物資の輸送コストがあまりに高く、また価格も変動が激しく、実に経営を圧迫する不安定要素である。
  • ③登山道整備、周辺のインフラ整備、遭難救助活動、病人の保護観察等は、ボランタリー(自発的)であるが、本業を圧迫するほどの人的・経済的負担となっている
  • ④国立公園内の施設であり、人里離れた奥地での運営であるため、当然③のような公共性を帯びているにもかかわらず、一私営企業として扱われ、経済的な下支えもない。
  • ⑤④のように地域性国立公園として山小屋は一翼を担っているが、国立公園と良好で生産的な関係を築けなかったばかりではなく、法的な圧迫でオリジナリティーを発揮できていない。もしくは発信力を持てず、十分な文化性を築けなかった
  • ⑥リスクを良しとしない社会の中で、関係業者の山小屋離れ、もしくは敬遠が始まっている。
  • ⑦山小屋、登山者、関係業者、行政がお互いに忖度し、持ちず持たれずで、維持してきた北アルプスであるが、社会の情勢変化で法的にも、ビジネス的にも山小屋の存在が許されなくなりつつある。

〈山小屋を圧迫する事件〉

 これらの欠陥・矛盾が、社会的な変動とともに、徐々に、その頭角を表す中、決定的なの事件が起こります。

 2019年6月北アルプス奥地の山小屋が小屋開けを進める中、北アルプスの物資輸送のシェア90%を占めるヘリコプター会社の山岳輸送用ヘリコプター3機すべてが故障し、2週間ほどダウンしました。その影響で山小屋開けに支障をきたす小屋、食事提供ができない小屋が出る事態となり、山小屋業界は騒然となりました。

 この一件は、北アルプスのインフラがいかに脆弱であるかを示しており、また山小屋の運営を脅かすものであったため、我々はメディアを通じて、インフラに対する行政の介入、もしくは救済措置等、解決を促しました。特に伊藤二朗がPEAKSと共に、SNSで発信した記事は、十万件のアクセスを得ました。

【拡散希望】登山文化の危機!山小屋ヘリコプター問題

 しかし事態は、思わぬ方向に発展します。先述のヘリコプター会社が、キャパシティーを超えた運行状況に危機感を感じ、新たに契約した山小屋を切り捨て始めたのです。そして真近に契約した我々がまず切られました。

 時は、2020年4月、コロナウイルスが猛威をふるいはじめ、小屋開け準備の真っただ中です。我々にとってはコロナはもちろんでしたが、ヘリコプター問題のほうがより深刻で、運営できるかどうかという中、今まで山岳輸送をしてこなかった2社のヘリコプター会社の参入で一命をとりとめました。

しかし私はこの時点で悟りました「このままでは、山小屋は持たない」

 宿泊定員を1/3におとした2020年の夏山シーズン、いつもよりゆとりのある三俣山荘でわたしは悶々と考えました。
そしてこれらを構想しました。

  • ①山小屋、登山文化、北アルプスの環境が保全される、経済、法制度両面における持続可能な仕組み作り。
  • ②アドベンチャーツアー、トレイルカルチャー、エコツアー、ウルトラライトハイキング等、次世代のアクティビティーに対応した新しいフィールド、エリア作りをし、登山者がより濃密な自然体験ができるように工夫する。またそれにより登山者数の底上げを図る。
  • ③②に伴いふもとの町にその発信基地を設けるなど山小屋の業態をイノベーションする。
  • ④自然エネルギー発電、バイオマス燃料、バイオトイレ、オフグリッドシステム等、地球との共生を念頭においた住環境の可能性を示せる実験施設として、下界の企業とコラボレーションしていく。

 さて、これらのビジョンに向かった具体的なプロジェクトをお話しする前に、前提として先述した①~⑦の、北アルプス、山小屋業界におけるシステムの欠陥を解決するための提案をしてみようと思います。

  • 「①開設期間が短く、雇用に不向き」
    →スタッフを年間雇用するために、冬のあいだ他の企業と人材派遣等のアライアンスを組む。もしくは何らかの出店をする。
  • 「②黎明期は歩荷、その後ヘリコプターによる物資の輸送コストがあまりに高く、また価格も変動が激しく、実に経営を圧迫する不安定要素である」
    →「北アルプスヘリコプターズ」のような、行政と山小屋組合とヘリ会社が共同した団体を作り、低コストで安定した輸送が保証される仕組みを作る。利用者負担を投入してもいいかもしれない。
  • 「③登山道整備、周辺のインフラ整備、遭難救助活動、病人の保護観察等は、ボランタリー(自発的)であるが、本業を圧迫するほどの人的・経済的負担となっている」
    →山小屋においての公的要素(トイレ管理、インフラ整備、登山道補修、遭難救助等)を含んだ部分を別会社として切り離し、行政からの助成金・利用者負担等でまかなうシステムを構築する。
  • 「④のように地域性国立公園として山小屋は一翼を担っているが、国立公園内の施設であり、人里離れた奥地での運営であるため、当然③のような公共性を帯びているにもかかわらず、一私営企業として扱われ、経済的な下支えもない」
    →③と同じ
  • 「⑤④のように国立公園と良好で生産的な関係を築けなかったばかりではなく、法的な圧迫でオリジナリティーを発揮できていない。もしくは発信力を持てず、十分な文化性を築けなかった」
    →この10年でアウトドアシーンは圧倒的な盛り上がりを見せており、その民意を反映して、行政も山小屋の救済、国立公園の法改正に対して、柔軟になってきている。山小屋がフィールドの作り手として新しいビジョンを示せば、それは新しい登山文化として息づくだろう。
  • 「⑥リスクを良しとしない社会の中で、関係業者の山小屋離れ、もしくは敬遠が始まっている」
    →山小屋業界をマーケットとしてとらえる、新しい企業の参加に期待する。また積極的に対話する。
  • 「⑦山小屋、登山者、関係業者、行政がお互いに忖度し、持ちず持たれずで、維持してきた北アルプスであるが、社会の情勢変化で法的にも、ビジネス的にも山小屋の存在が許されなくなりつつある」
    →環境省が現状進めている国立公園法の改正に、山小屋が積極的に参加し、現状を理解した上での仕組みを作る。ビジネス面においては、②③で示した公的負担の見える化とともに、次世代のアウトドアマーケットと共同して新基軸を見出していく。

これらの状況、コロナ禍で受けた損失を踏まえたうえで、我々として今後10年間を見据えた具体的なプロジェクトとして「山と人と街プロジェクト」を立ち上げました。

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