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雲ノ平山荘

■雲ノ平 特集 読み物:2009年~2010年 新雲ノ平山荘新築工事について(2)

2009年~2010年
新雲ノ平山荘新築工事について(2) 1/3

伊藤棟梁

 

伊藤棟梁は諏訪の近くの富士見市の大工だ。棟梁との出会いは本当に必然的な出来事だったと感じる。東北行きの直前、人伝に聞いて棟梁の建築を外から眺めた印象が忘れられなかった。
はじめて話を聞きにお宅を伺ったときは、当初こそ―いわばあまりにも突拍子もない事だったので―「山小屋って何?…」というような反応をされていたが、話をするにつけ、山小屋の特殊性にすぐに興味を示し始めてもらえたと思う。棟梁は実にバイタリティーのある人柄だ。表現し切れないが、棟梁の建てる建築は日本建築の工法を駆使し、重厚で洗練された伝統の深みと、現代的な開放感のバランスが絶妙に取れている建築だと思う。
伊藤棟梁との思い出といえば、高瀬ダムから巨大なコメツガとヒメコマツの流木を引き上げに行った事が格別だ。2008年の秋に初めて主要な関係者一同で雲ノ平を視察した日、僕たちは高瀬ダムの湖畔のヘリポートでなかなか来ないヘリを待っていた。そのときに棟梁がとある流木の上に乗って「この木使えるんじゃないか…」とつぶやいたのがきっかけだった。

伊藤棟梁

沢の河口に引っ掛っていた大きなヒメコマツだ。営業を終えて下山した後、早速僕はダムの管理事務所に話をつけて棟梁とユニック車でヘリポートに向かった。そこで半信半疑ながらもわくわくしてその木を見ていると、ダムの湖面にもう一本巨大な流木が浮かんでいる。更に大きな木だぞ…。そんな経緯で拾い上げたのが樹齢400年、長さ8m程もあるコメツガと、樹齢200年、長さ5m程のヒメコマツである。どちらも申し分なく状態が良く、しかも1階の中心を通す大梁として最適なサイズだった事は、この建築が何か大きな運命を持っている事を確信させた。
それにしても、ユニックでダムから巨木を引き上げているときの、伊藤棟梁の満面の笑みは忘れられない。

高瀬ダム:大きなヒメコマツ

荒川製材所、渡辺棟梁

荒川製材所は全てが厳しい状況下で水晶小屋の建設をやり遂げた工務店だ。大工の他にも設備屋、板金屋、建具屋、土木屋などは荒川製材所を通して派遣してもらっている。組織力に秀でた熟練の職人集団で、仕事が速く正確で、現場での柔軟な対応力は不測の出来事続きの山小屋建築に不可欠な存在になった。その象徴ともいえる人が渡辺棟梁だ。棟梁の現場での判断は本当に無駄がなく速い。それに穏やかで繊細な人柄が常に大所帯の支えになっていると感じた。棟梁はまたオーディオスピーカー作りという面白い趣味をもっていて、食堂用にとても凝ったスピーカーを製作してもらった。僕はこの建築は伊藤棟梁(伊藤工務店)の骨格(構造)を元に渡辺棟梁(荒川製材所)が肉付け(造作)をした事によって、2人の棟梁の持ち味が最大限に発揮されたものになったと思う。

荒川製材所、渡辺棟梁

行程

山小屋の公共性や経営判断からしてもワンシーズン休業すると言う選択肢は自分の中でなかった為、行程は工事の規模から言って2カ年計画にしなければ成立しないだろうと考えた。まず2009年秋早めに小屋を閉めて解体、整地、基礎まで終わらせ、2010年の5月末の雪のある中から大工工事を行う事にした。結果的に実に良い案配だったと思う。 2009年の工事は秋の水気の引いて乾いた地面が幸いして、解体や基礎打ちなどはとてもやりやすかったし、涼しかったので汲み取りトイレの処理などにも適した季節だった。ちなみに雲ノ平は溶岩台地の性質上とても岩石の多い地質であり、基礎工事は旧山荘を解体した流れで同じ場所に行う為、満足な事前調査が出来ない。当初は木造工事よりも寧ろ不特定要素が多く難しい工事になる事も予想されたが、現場を指揮していただいた丸一土木の赤堀社長の優れた技術と判断力があってこそ円滑に進んだと思う。

初代 雲ノ平山荘 取り壊し1 初代 雲ノ平山荘 取り壊し2 初代 雲ノ平山荘 取り壊し3

2010年の6月も非常に恵まれた条件だった。例年よりも多い―3mは積もっていた―残雪が実に幸いして背丈の高い建物に対する足場として使えたし、普段はハイマツ帯や岩場だったりするところが一面の雪原だった為、植物と資材両方を傷める心配なく資材を置いたり運んだりする事が出来たのだ。最初現場に到着したときには残雪の多さに一同暫し唖然とした感があったが、もしかすると雪がなければ相当な難工事になったかもしれない。

建築現場の残雪

また建前の事で言うと、重機を使用できない環境下で重い木材をどう組み上げるのかが大きな課題だった。そこで重機のない時代の技術を身につけている五十嵐勝彦さんに指揮していただく事になったのだが、五十嵐さんの考案した組み立て式の簡易クレーンと、丸太を使う伝統工法を両輪として駆使する事によって、ほとんど魔法のように迅速に作業が進んだのだ。これもまた決定的な事だった。

組み立て式の簡易クレーン
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